中学を卒業すると事務所の寮に
中学の時はボーカル
春馬さんは、中学を卒業をして、その後の自分をどうするか考えたといいます。
自分はやっぱり俳優をやりたい、それには芸能界で活動しやすいのは、やはり堀越学園だと思ったそうです。
話が少し横道にそれますが、事務所には2004年に入所しています。
中学生の時です。
その時の話を最近知りました。
茨木のアクターズスクールにいたのですが、中学生の時に同じアクターズスクールの仲間と3人でグループを組んで、春馬さんがボーカルを担当していたのだそうです。
自分でも歌は好きだと言っていましたから、もうこのころから歌の活動をしていたのですね。
地元の人が、休みの日はヨーカドーで歌っていて、けっこうの人数の中高生の女の子たちが来ていたと言っていました。
その頃だと思うのですが、あの事務所が春馬さんを欲しがっていたそうです。
アクターズスクールの会長は、グループの三人一緒に活動をさせる、という条件でOKしたと言っていました。
あの事務所です、本心欲しかったのは春馬さんだけです。
春馬さんを獲得したら、春馬さんだけに仕事を与え、後の二人にはほとんど仕事を与えなかったといいます。
その後、二人は退所したようです。
知ると、いかにもあの事務所ですね。
というか、芸能界というのはこういうところなのかもしれませんが……
子どもたちの気持ちなど関係ないのですし、アクターズスクールとの約束なんかもなかったことになっているのでしょうね。
でも、このグループの3人の付き合いは、喧嘩をすることもなく仲良く続いていたといいますから、良かったですね。
家を出て事務所の寮に住む
話が横道にそれましたが、堀越学園に進学をすると決めたのですが、その時は茨木の実家を出るつもりでいたといいます。
お母さんは家から通える距離なのだから、自宅から通うように言ったといいます。ずいぶん反対をしたようですが、春馬さんは自宅から通える距離ではあるけれど、勉強と仕事を両立するには、距離が遠すぎるという事で、あの事務所の寮があったので、そこに入ることに決めたといいます。
これは私の全くの想像ですが、もちろん春馬さんは勉強と俳優の仕事両立のため、通学の時間がもったいない、とう事もあるかとは思いますが、春馬さんは母親と養父、自分との生活から離れたかったのではないか、と思っています。
お母さんのことが好きなだけに、思春期の息子には少々きつすぎたのではないか、と 勝手な想像をしております。
それで、お母さんの反対を押し切ってあの事務所の寮に入り、お芝居に勉強にと頑張っていたようです。
16歳で「キャッチアウェーブ」で初めての主演と「14才の母」の主役の恋人役でした。
17歳で「恋空」の大ヒットでブレイクしました。
高校では忙しくて、学校の行事には全く出ていないという事でした。