言葉の使い方
気になること
ローラがチャーリーと喧嘩をし、ローラがチャーリーに「もう終わりよ」と言って怒って工場から出ようとするときに、チャーリーがローラに言うことがあります。
チャーリーに怒ったローラが工場を出ていこうとしている時に、チャーリーが「空港に現れた時は、パスポートの姿で来てほしい」というのですが、以前から気になっていたことがあります。
というのは、これからの未来の行動の話をしているのに、チャーリーがローラに対して過去形で言っているのです。
重箱の隅を突っついているようで、こんなことを書くのは何となく嫌なのですが、以前から気になっていたので書いています。
日本語の脚本は、岸谷五朗さんですよね。
言葉を扱う仕事をしている人が、こんな書き方をするというのは、何か意図があるのか意識せずにこんな言葉なったのか知りたいです。
意図があったとしたら、その意図を知りたいです。
これから空港に行こうとしているのに「空港に現れた時は」という過去形を使うのはおかしくないですか?
それとも岸谷さんは、あちらの方なのでしょうか?
あちらの方だとしても、長い間日本で生活をしていて、演劇という言葉を使う世界で仕事していた方なので、使い方がおかしいことが分かるでしょうに……
それに周囲の方がたは。誰も何も言わなかったのでしょうか?
それとも言わせない雰囲気があったのでしょうか……
今となっては、つい深読みをしてしまいます。
「現れた時は」ではなく「現れる時は」ではないでしょうか?
重箱の隅を突っついてみました。
芸能界は反日はOK
春馬さんは、相当事務所からひどいいじめパワハラ、嫌がらせを受けていたのではないか、と亡くなってから言われています。
春馬さんに聞くと、あったと言っています。
これから書くことは、私が神霊となった春馬さんに聞いたことです。
春馬さんの神霊は、私から聞いたことに返事をくれますが、自分からはあまり話すことはありません。
それと、以下のことは春馬さんの神霊と私との会話だけですので、証拠も何もありませんので、春馬さんファンのたわ言と思って、気楽に読んでください。
始まりは「永遠のゼロ」出演の後の靖国参拝ですか?
その通りだと言っています。
その頃は、春馬さん自身も気がついていなくて、事務所の先輩から靖国参拝を止めるように言われていたけれど、自分では日本人としてご先祖様方が命を懸けて、我々の国である日本を守ってくださったのだから、何に恥じることもないし、何に遠慮をする必要もない、と思っていたので、毎年参拝をしてSNSに上げていました。
芸能界は政治の話はいけない、という人がいますが、違います。
反日はOKなのです。
でも、反日の人たちは、攻撃をされません。
反日の人は全然OKなのです。
いけないのは、日本を愛する言動がいけないのです。
何故なら、芸能界は反日だらけですから。
春馬さんは、靖国神社参拝を続け、ある時「国力を・・・」とSNSで発信しました。
それにもずいぶんたたかれたようです。
後は、去年の誕生日に出版をした「日本製」です。
この続きは次回に書きます。